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ヒメちゃんの月命日・13回目(ヒメの想い出日記)

ヒメの想い出日記(2019年)
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今日は我が家の愛猫「ヒメちゃん」の13回目の月命日です。一周忌を過ぎたら月命日とは言わないのかな?でも、わかりやすく月命日の回数で。先月の一周忌からもう一ヶ月も経ったのか・・・なんだか時間の流れが速く感じる今日この頃です。

ヒメちゃんの一周忌を過ぎて

先月の一周忌を過ぎてからのこの一ヶ月は、なんだか時間のとても流れが速く感じました。もう一年以上も部屋の中にヒメちゃんがいない生活を送ってきたんだなと思うと、ちょっと不思議な気持ちになります。

一周忌を過ぎるまでは、どうしても「昨年の今頃はまだヒメちゃんがいたのに・・・」と考えてしまいがちで、そのたびに悲しくなったり落ち込んだりしていました。まあ、悲しみとか寂しさは、亡くなってからずっといまでも継続中なのですが・・・。

でも、5月27日の一周忌を過ぎてから、もっと言えば5月29日に火葬されピンクの箱に入って自宅に戻ってきてから一年が経過して、あの日からヒメちゃんはピンクの箱に収まっていて、この部屋でいわゆる「猫のいる暮らし」は、ヒメちゃんとの暮らしは何も更新されていないという現実を受け入れたくなくてもさすがに受け入れざるを得ないというか・・・そんな気持ちに少しはなってきたような気がします。

今は「昨年の今頃はもうヒメちゃんはいなかったんだな・・・」というような感じに。

 

少しずつ、亡くなった頃を振り返られるように・・・

ヒメちゃんが亡くなってから間もない頃は、それこそショックと悲しみでどうにかなってしまいそうで、大袈裟に思われるかもしれませんが「このまま(自分が)ダメになってはいけない」「もうヒメちゃんはいなんだから、一人でしっかり生活していかなければいけない」と自分に言い聞かせるように、ヒメちゃんが使っていたフードスペースの食器や猫草、ヒメちゃんのトイレ、キャットタワーを片付けて処分したりしていました。まるで、何かにせかされるようになぜか、じっとしていられなかったのです。

でも、途中で疲れちゃったというか、自分で「何やってんのかな?」という気持ちになって・・・だって、何も慌てて片付ける必要なんてないわけだし。キャットタワーとミニタワー、そしてシャカシャカ・トンネルといくつかのおもちゃは傷んでいたり、汚れていたりで捨ててしまったけれど、ヒメちゃんが使っていた食器やトイレは捨てずに洗ってからクローゼットにまだしまってあります。

 

耐え難い「室内の静けさ」

一年前の今頃を思い出してみると、ショックや悲しみはもちろんの事、とにかく居ても立っても居られない気持ちでいたので、「キャットタワーとかを片付け処分したら、少しは踏ん切りがつくのかな?」と思いつくままにヒメちゃんが使っていたものを片付けたりしていたのですが、まだヒメちゃんがいなくなって一カ月ぐらいではどうにもなりませんでした。

いまは片付けてないヒメちゃんのフードスペース。
大好きだったシーバとカルカン(パウチ)

その頃、何と言っても耐え難かったのは「室内の静けさ」でした。一人暮らしで猫一匹の生活だったことも大きいと思いますが、テレビもつけずに部屋にいると聞こえてくるのは空調の「ゴーッ」という音だけ。そもそもこの空調の音自体はそんなに気になるというか、大きいという程ではないのですが、ヒメちゃんがいなくなったという精神的な影響もあったのかもしれません。

 

ヒメちゃんのいない部屋は寂しいけれど・・・

部屋の中の静けさが嫌ならば、外出時間を増やせばいい・・・と思われるかもしれませんが、なんこ部屋にはすぐ戻りたくなってしまうんですよね、不思議と。もうヒメちゃんを待たせることもないのに。やっぱり部屋の中は、ヒメちゃんと暮らした幸せで落ち着く空間だと身体に染み付いているのかもしれません。

でも、部屋に帰れば帰ったで、ヒメちゃんと一緒に過ごした部屋の中にはいたいのだけれど、なんか静けさに耐えられなくなって、よくベランダに出て夜空や行きかう人の流れをただボーっとして眺めていることが多かったような気がします。

一年前の今頃は、とにかくなんとも形容しがたいような気分で毎日過ごしていたような気がします。ただ、一周忌を過ぎてやっと少しヒメちゃんが亡くなる前後の頃を思い返せるようになりました。さすがに少しは気持ちが落ち着いてきたのかな?と思います。まだまだ世間で言う「ペットロス」は依然として継続中ではありますが・・・。

 

vetz & hime

 

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